まちに新たな息吹をもたらす、焼杉壁の貸切り宿〈Villa天つ星〉
愛知県南東部に位置する田原市。南は太平洋・北は三河湾・西は伊勢湾、と三方を海に囲まれ海に突き出た半島特有の地形であることから、年間を通じて風が強く、年平均気温は17℃という温暖な気候が特徴です。
2024年4月にオープンした〈Villa天つ星〉(写真:©MAA)
今回ご紹介させていただくのは、田原市池尻町に建つ貸切り宿〈Villa天つ星〉です。入母屋を彷彿とさせる屋根と焼杉壁の外観は、周囲の雑木林や川、そして北西に広がる山並みなどの豊かな自然と見事に調和しています。
こちらの設計を手がけたのは、〈MAA/松下剛也建築アトリエ〉代表の松下剛也様です。
松下様は、革新的な建築デザインで知られる〈中村拓志&NAP建築設計事務所〉で「火の山のツリーハット」や「上勝ゼロ・ウェイストセンター(2021年 日本建築学会賞(作品)他)」などのプロジェクトを担当された後、2020年に独立。土地の特性や気候、地域資源を活かした設計をベースに、住宅や店舗など幅広い分野で活躍されています。
取材では現地に訪問させていただき、松下様、そして現場監督を務められた〈株式会社未来工房〉の松岡浩司様にお話を伺いました。
地域と調和するための外構デザイン
〈Villa天つ星〉からほど近い海岸。取材当日に立ち寄ると、多くの人々がサーフィンを楽しんでいた。
田原市は、伊良湖岬や蔵王山、太平洋ロングビーチといった豊かな海と山に恵まれており、サーフィンなどのマリンスポーツや登山などのアクティビティを楽しめる地として知られています。また、農業や畜産も盛んであり、メロンやイチゴの収穫体験、ファームステイといった観光プログラムも人気を集めています。
サーフィン愛好家であるオーナー様は、“この素晴らしい土地を世界中の人々に知ってもらいたい”という想いから、宿の立ち上げを決意。スポーツツーリズムや農業体験などを求めて田原市を訪れる方々に非日常を味わえる宿を提供したいと考え、松下様に設計を依頼されました。
1枚目:上空から敷地全体をのぞむ。(写真:©MAA)
2枚目:桜やオリーブ、田原市特産のアジサイなどが植わった植栽豊かな庭が広がる。
約300坪を有する敷地の配置・外構計画について松下様に伺うと―
“隣地の建物に囲まれた旗竿地”という土地の特性が、圧迫感ではなく、守られている安心感になるように配置を考えました。建物を敷地の中央に配置し、その周囲を樹木や草花、築山で囲むことで、周りからの視線や生活音を和らげるプランにしています。
また、オーナーから「地域に溶け込む建築にしたい」と要望があり、この地域に多く残る板張りや焼杉、入母屋の伝統的な建築様式を参考にしながら、建物の形状や素材を決めていきました。早い段階で木外壁にすることは決まっていましたが、ここは海まで歩いて行ける距離にあるので、潮風に耐えられる素材として焼杉を採用しました。
外壁にご採用いただいた焼杉は、杉板を焼いて表面を炭化させることで、耐久性や防腐性を高めた製品です。炭化層が風雨から杉板を守るだけでなく、空気層を含むことで断熱効果も発揮します。また、愛媛県や香川県などの瀬戸内地方を中心に古くから外壁材として使用されており、潮風に対する耐候性が実証されています。
焼杉は計4種類の中からお選びいただけますが、〈Villa 天つ星〉には「素焼き」をご採用いただきました。素焼きは柔らかな炭をそのまま残しているため、耐久性があり、経年とともにゆっくりと味わいを増していく様子をお楽しみいただけます。
左から「素焼き」、素焼きにクリア塗装を施した「素焼き塗装」、素焼きにサイディングをかけた「サンド仕上げ」、サンド仕上げにクリア塗装を施した「サンド塗装仕上げ」
素焼きを選ばれた理由を松下様に伺うと、“瀬戸内地方の街並みや藤森照信さんの建築で焼杉を見て以来、計画のコンセプトに合致すれば、いつか自分でも使ってみたいと思っていました。特に素焼きは素材の持つ味わいがそのまま表れていて、好きなんですよね。触ると炭がつくこともありますが、この質感こそが素焼きならではだと感じています。オーナーも素焼きの提案に賛成してくれて、他の選択肢は考えないほどでした。”と嬉しいお言葉をいただきました。
風を活かし、海の資源を取り入れる
あらわしの梁と漆喰壁で構成された室内。間取りは土間、寝室、ロフトのシンプルな配置とした。テレビなどの電子機器は設置せず、自然豊かな環境に没頭できる空間を演出している。(写真:©MAA)
建築する場所の特性や気候、地域資源を活かした設計を大切にされている松下様。〈Villa天つ星〉においても、周囲の自然環境との調和を重視し、訪れる人が土地の息づかいを感じられるような設計をなされています。
特に、外と内をゆるやかにつなぐ「土間」は、この建物の特徴的な空間のひとつです。
(写真:©MAA)
土間は、敷地の南側に大きく開かれており、春から秋にかけて吹く心地よい南風を室内へと効果的に取り込みます。これにより、ロフトに設けた天窓へ重力換気を促すとともに、自然な風の流れを室内に生み出すことが可能です。一方、冬から春にかけて吹く冷たい北風は、大屋根と深い軒によって屋外へと流すことで寒さを軽減。季節に応じた快適な空間を提供する温熱計画が実践されています。
貝殻と流木は、オーナー様家族と松下様、現場監督の松岡様で採取を行った。(写真:©MAA)
地域資源としては、近隣の海で集めた流木や貝殻を採用。土間の床やキッチン、サーフボードラック、庭のアプローチなど、室内外のさまざまな場所に設え、ふとした瞬間に田原の風土を感じられる工夫がなされています。
現場監督を務めた松岡様に建築過程について伺うと、「大変でしたが、松下さんのおかげでスムーズに進みました」とお話しくださいました。
〈株式会社未来工房〉現場監督の松岡様
円錐型の建物は初めてだったので、試行錯誤の連続でした。垂木の長さがすべて違うので、CADで確認しながら丸鋸で切り、また確認して…という工程を繰り返して。もう途中からは意地でしたね(笑)焼杉の施工では、炭が落ちないよう細心の注意を払い、時には強風で防護シートが剥がれていないか、夜中に見に来たこともありました。大変なこともありましたが、松下さんは現場の意見をしっかり聞いてくれたので全体的にスムーズでした。話していると新しいアイディアが出ることも多く、それも良かったですね。
人とまちの未来を想う設計
〈MAA/松下剛也建築アトリエ〉代表の松下様
竣工から1年ほど経ちました。広い敷地にポツンと置かれた単純形の建物なため、今はまだ少し目立つ存在かもしれません。でも、地域に馴染む素材と植生で形づくっていますので、時が経つにつれて自然に溶け込んでいくと思います。将来、ここが本当の意味で風通しの良い“地域に開かれた場所”になれたとき、微力ながらも“まちの活性化”につながるきっかけになれたら嬉しいですね。地域の方々と協力して、農業体験などもできたら素敵だなとも思います。
田原の自然を愛するオーナー様の想いを汲み取り、この地ならではの魅力を体感できる建築を実現された松下様。訪れる人々の快適さはもちろん、まちの未来も見据えて設計された〈Villa天つ星〉は、時を重ねるごとに魅力を増し、多くの人から愛される存在になっていくのではないでしょうか。
夏の暑さが残る季節に取材をさせていただきましたが、宿を吹き抜ける風の心地よさは今でも鮮明に覚えています。宿を訪れる方々も、ここで過ごした時間が心に深く刻まれ、その思い出が「地域への愛着」や「再訪したい気持ち」を育むことで、それが”まちの活性化”へとつながっていくのではないかと本取材を通して感じました。
お忙しい中、現地でお話を聞かせていただいた〈MAA/松下剛也建築アトリエ〉代表の松下剛也様、〈株式会社未来工房〉の松岡浩司様、そして弊社商品をご採用いただいたオーナー様へ心より感謝申し上げます。
また、優れたインテリア作品を表彰する「インテリアプランニングアワード2024」にて〈Villa天つ星〉が優秀賞を受賞されました。誠におめでとうございます。
Photo:MAA / channel original
Text:yano
Villa天つ星
愛知県田原市池尻町中瀬古60
https://amatsuboshi.com/
設計:MAA/松下剛也建築アトリエ
東京都世田谷区奥沢6-28-5-202
https://www.maa.jp/
施工:株式会社未来工房
愛知県愛知郡東郷町清水2丁目10番地4
https://www.mirai-k.net/
弊社納材商品
外壁:J.ナチュレウォール 焼杉 素焼き 厚み15㎜×巾165×長さ3,000㎜(3.96㎡/束)
浴室壁:米ヒバ パネリング(無塗装) 厚み8㎜×巾100×長さ3,650㎜
漆喰壁:エコスタウォール・インドア